霜柱標本室

佐倉誰と仲井澪の公開交換日記です。日記と短歌です。最低ひと月に一往復を目安に更新します。

2023.5.8〜2023.6.13 (八往復め)

佐倉誰

2023.5.8
今月入ってからこっち、日記を書こうと思ってスマホのメモ帳に書き留めていたことは色々あるのですが、形にできないまま何日か経過して機を逸してしまう……ことの連続でした。簡単に振り返りつつ書きます。

・5/2
カリフォルニア檸檬さん主催の定期刊行短歌誌「エリア解放区」の私が寄稿している冊子が届き、誌面に載るのが楽しみな連作だった&他の方の作品もものすごく楽しみだった ので、うきうきしながら包みを開いて目を通した。嬉しくてウイスキーの水割りを飲みながら読んだら、油断してしこたま酔った。酔った勢いでずっと嫌われたかと思っていた友達に連絡を取って、一年ぶりに電話できた。嬉しくて東京まで冷凍のジンギスカンを送った。私の行動原理のほとんどは「嬉しくて」か「さみしくて」の二択だと思う。
・5/3
夜に深酒したせいで覚醒してあまり眠れず、二日酔いの手前くらいの気持ち悪さと動悸のなか寝返りを繰り返し、早朝6時前に素うどんが食べたくなる。近所の24時間営業のなか卯に行き、かけうどんを頼んだ。やさしい出汁が沁みた。刻みネギの水くささ(コンビニのキャベツとか特有のあの冷え冷えした臭み、なんなんでしょうね?)とか、もちもちの、ちょっと粉っぽいうどんを掬い上げて箸にかかる重みとかがやけに嬉しくて、うわーーこれ絶対日記に書こう、と思った。徹夜してふわふわの身体で入店する早朝のファストフード店はどうしてこんなに死後の世界みたいなんだろう。宿泊地を当日まで決めずに旅行していた友達から昔聞いた、深夜のなか卯に入店して気がついたら席についたまま朝まで寝落ちしていた、というエピソードをなか卯に行くたびに思い出している。わかるなあ。照明とか、流れている店内放送の音楽とか、妙に安心感があるんですよね。極楽と呼ぶには程遠いけれど、死んで無になる前に一度通過する安息の地、みたいな空気感があると思う。旅先で一日中歩き回ってくったくたで、最後に立ち寄ったなか卯で事切れるように眠ってしまうその気持ちも、どことなくわかります。でも店員さんに迷惑かけちゃ駄目ですよ。
私が住んでいるのは札幌のひなびた歓楽街で、駅前にはファストフード店やコンビニや居酒屋が並び、その裏道をちょっと歩けば今にも崩れ落ちそうなボロボロのラブホテルがひっそり構えている、埃っぽい街だ。人通りの少ない早朝がよく似合う。晴れているとも曇っているともつかない、中途半端な天気の日だとなおさら良く、今日がそれだった。まだ花の閉じているたんぽぽを見つけて、私のほうが早起きだ!と思って嬉しくて写真を撮った。
近所の木蓮を見上げて、胸のあたりがあたたかいな、と気づいた。心臓の後面が食道管と接しているから、心臓もうどんであたためられたのかもしれない、それにしたって、心臓に温覚はないと思うけど……。家族を起こさないようにこっそり帰って(私はオタクだからブリーフ&トランクスの「コンビニ」の歌詞の、「親が起きる前におうちに帰らなきゃやばい」のところを思い出して笑ってしまう)、眠った。
・5/4
丸一日費やしたのに就職活動失敗!忘れよう。
・5/5
霜柱標本室を最初から通して読み返した。自分の記憶よりもかなり頑張って書こうとしていたのが窺えて、だからこそ月によるムラっけが目立ち(今日がなにもかもの最終回で明日以降の自分は存在しない、くらいに、自殺企図ではないけれど、ギリギリの確信の下でものを書いたりしていた)、読んでいて暗澹としてしまった。仲井澪に半分場を任されている……という責任をここに来て再認識したので、もっと頑張ります。奇跡が奇跡でなくなるの、簡単ですから。

ここまで振り返ると、もうだいぶ手近な記憶になってきました。ゴールデンウィークでしたが、あまりレジャーっぽいことはしていません。あと二日分振り返ります。
・5/6
髪を染めて切りました。ピンクっぽい髪色とベリーショートにずっと憧れがあって、せっかくだから一緒くたに叶えることにしました。夕方に思い立って近所の店を調べて、空きがあったので即予約して向かいました。あまりに気持ちが沈んでいて暗かったので、外見から無理矢理清々しさを逆輸入する魂胆でもありましたが、初めて足を踏み入れる美容室の知らない鏡と向きなおって、ほんの少しだけ、 ああこれが“取り返しのつかなさ”なの? と、途方もないような心地になりました。染料を髪に丹念に塗りつけられている間、ツイッターで知り合った年下の男の子がおすすめしてくださった私小説を読んでいました。知らない詩人が肌で感じ取った海外の空気が、文字を介して薄まって、紙に刷られて薄まって、目の前が崩れかけの“取り返し”で泡々になっている私の薄い空気に、染髪剤の刺激臭と混ざりながら届いて、ちょっと気持ちよかった。私の頭のまわりをキャスター付きの椅子に座ったまま動き回る(こうして書くと衛星みたいだ)美容師さんに、読んでいる本が鏡文字ならちらっと目に入っても中身がわからないだろうか、とぼんやり考えた。
私は知らない人との雑談を嫌悪しているので美容室ではもっぱら黙りこくっているけれど、コミュニケーションを取ること自体を嫌っているわけではなくて、本当は“誰かと言葉が通じ合うこと”がそれだけでたまらなく嬉しいから、いわゆる「話題がない時にとりあえずで喋るつまらない話の代表」である天気の話が大好きだったりします。大抵の他人と気が合わないこと、どれだけ近しい人間でも絶対的に相容れない存在であること、真摯に伝えようとすればするほど遠ざかっていく大切な伝えたいもの、それらの難解さを傍に置いて、ただお互いが人間の日本語話者であることだけ確認し合うように交わされるシンプルなコミュニケーションが、ありがたくてたまりません。(晴れているね、とか、あたたかいね、なんて会話、植物だってしてるんじゃないかと思います。) 誰であっても人のことが嫌い、という気持ちと、自分の目に映る人間がことごとく好き、という相反する気持ちがどちらも強い熱量で同居しており、私の対人交流姿勢はややこしくなる一方です。初めて会ったばかりの美容師の手に、心の中では自分の髪の毛のみならず全身を信頼してあずけてしまっているように、こころの開き方が極端なのだと思います。懐いてしまう。できることなら私の人生に触れた全員に一人残らず懐きたいのに、そんなことは不可能だから、逆恨みして、願いも、願っている幼稚な自分自身も、虚しくてかなわない。
赤紫のニュアンスの栗色、みたいなよくわからない色に染まったショートカットはマニッシュな仕上がりで、私の顔にも存外しっくりきました。そのままなんとなく散財の気分になって、スシローでおいしいお寿司を食べて(玉ねぎがたくさん載ったアボカド炙りサーモンとカンパチが好き)、ずっと入ってみたかったバーに入って、何杯か甘いお酒を飲みました。いい気分になって、愛用のワイヤレスイヤホンを失くした。家でじっとしていたほうがいいのかしらね。
・5/7
水道水は飲んでも飲んでも喉が渇く。

私、日記書くの好きみたいです。自分がここにいてもいいのだと思える通貨が欲しいから、いい予感も悪い予感も抱きしめて眠ります。みなさんエリア解放区ぜひ買ってくださいね。

生年の近さは氷 頬を当てどちらが溶けてるのかわからない

 

仲井澪

2023.6.13
すごく日が空いてしまったんですけど、6月13日の日記です。
文章を書いたり短歌を作ったりしたいなっていう気持ちはありつつずっとできない日が続いて、でも書きたくないわけじゃなくて、書きたいし、日記の更新もしたいからどうしようかなと思ってたんですけど、文字で文章を書こうとするよりも、口でなにか話す方がハードルが低いなと思ったので、オートメモという文字起こしのアプリに話しかけて、それを整えようと思って話し……書き始めています。
前の前の土日に、東京に住んで東京で働いているお友達と、青森旅行に行きました。私が文フリで昔販売した『青森旅行記』というエッセイ本を読んでくれた方ならわかると思うんですけど、青森は私にとってすごく思い入れのある場所で……その、1人で1回行った回が良すぎて。でもその時は本当に色々、すごく長く一緒にいた人と離れた後だったりとか、就活のことも一旦ほっぽって……だから大学3年の秋だったんだよな。一人旅で。本当に全てが良すぎて。北国だからひりひりできるかなと思ったのに、全然ずっと楽しくて、なんか結構、「生きていこう」になった旅行だったというか。
その旅行から今までの間、またいろんな人と仲良くなったり、仲良くなくなったりしつつ、就職活動を終えて、また青森に行けて。美味しかったリンゴジュースをもう一回飲んだり、良かった美術館にもう一回行ったのが、それを全部大好きな友達としたのが、なんか本当に激アツすぎて、ずっとジーンとしてましたね……。
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あとは、山形に引っ越して働き始めてからも初めての更新になると思うんですけど、全然まだ山形に住んでるという実感がないんですよね……。とりあえず一番嬉しいのは部屋の日当たりがすごくいいことです。あと、仕事で毎朝6時半から7時くらいに起きてて。今までは中学生くらいから夜にずっと眠れなくて、なんか3時4時まで起きてその後寝て学校行ってたりとか。だから、朝早く起きてるのに夜寝れないみたいなことが多かったんですけど、なんか急に眠れるようになって。睡眠時間が3時間以下の日が週1くらいのペースであったのに、今は毎日6時間くらい寝られてるので、それはすごく嬉しいです。
仕事のことも、私は本当にラッキーで、仕事を頑張ることが自分の人生を頑張ることに直結している気がする……?なんて言うんだろうな、仕事を頑張ることによってなりたい自分が、人生レベルで「こうありたい自分」像にかなり重なっているから、勿論大変なこともありますが、そんなに今のところは負担感はなくて。働き始めたら毎朝うつうつと一日を始めるんだろうなとずっと思ってたんですけど、本当に、淡々と元気ですね。今のところは。
佐倉さんの日記で、今までの回を読んで気合を入れ直してくださってるのが伝わっているところ、こんな変な形式で申し訳ないです。はやくグッと集中して文章を書けるリズムを取り戻せるよう私も頑張ります。
↓まだ関東で研修を受けていた頃に作った3首です。

あなたの指が私の耳をなぞる音が私にだけ響くのはこわいよ

あのことがあって私はこうなったって全部が分かりやすくあってね

冬の時代 癖字はくしゅくしゅ絡まって誰にも見せられないのに手紙