霜柱標本室

佐倉誰と仲井澪の公開交換日記です。日記と短歌です。最低ひと月に一往復を目安に更新します。

2023.4.10〜2023.4.29(七往復め)

佐倉誰

2023.4.10
お互い新生活が始まって一週間が経ちましたが、いかがお過ごしでしょうか。今日は特に思い出になりそうな一日でしたが、今はまだ開示しきれないので一旦箇条書きに留めておきますね。忘れないように。時間が経ったらもう少し書くかもしれません。


・体調が悪すぎて職場の方に迷惑をかけてしまった。
・「どなたでも、いつでもご自由にお入りください」と書かれていたので、生まれて初めて無人の教会に侵入した。戸を開くと鮮やかでファンシーな外観から一転して木造で古く、一階の玄関は学校のようだった。階段を上った二階に礼拝堂があり、撮影可能だったので何枚か写真を撮ったものの、広く静謐な講堂に間抜けなシャッター音が鳴り響き、興を削がれる心地がした。異物であることを自ら強烈にアピールしてしまったようで居た堪れない。建物のどこにも誰もいないのに、人の気配が残っているみたいで不気味だった。祭壇に大きな花束が3つも飾られていて、ひとつひとつ控えめに嗅いでから祈らずに帰った(勝手がわからないので、お邪魔します、失礼します、だけは何回も口に出さず言った)。どきどきして何度も振り返った。

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・天気は最低気温が2度で最高気温が17度。暖かくなるのは構わないけどもう少しゆるやかにお願いできませんか、と思った。晴れていて風に緑の味がして、なんの捻りもなく緑茶を買って飲んだら空気の味によく似合っていた。
 
2023年3月27日がタランティーノ監督の60歳の生誕祭ということで、全国各地の映画館でパルプ・フィクションが期間限定再上映されていたのですが、あなたも含めてたくさんの方がこの機会に私の大好きな映画を鑑賞されていて、本当にお祭りでした……!私は映画鑑賞に長らく苦手意識があり、有名どころも全然把握できていないのですが、パルプ・フィクションは映画好きな友人が見せてくれて私の苦手意識を払拭してくれた作品の一つでもあり、とりわけ思い出深いです。良い画が多くて心臓が浮く、わかります!!個人的に、暴力描写がコミカルすぎないのにさっぱりしていて明るいところも大好きです。でも人がたくさん死ぬ映画に慣れていなかったら、確かにちょっとしんどいですね。
この機会に、連作のタイトルについて自註させてください。引いてくださった過去作「パルプ・フィクションを見なさい」は5首ごとに章題がついている25首連作なのですが、5つの章のそれぞれに繋がりはありません。好きなものを詰め込んだらおもちゃ箱みたいな連作になったな、という印象と紐付けて、時系列をシャッフルして進行するオムニバス形式である、私の大好きな映画のタイトルをお借りしました。詠んでいるモチーフは一切映画と関係ないのですが、その関係なさも連作の奔放さに合っているように思います。パルプ・フィクションはもともとアメリカの安価な大衆雑誌のことなので、雑多な内容や彩りとも合致するかもしれません。気に入っています。
あなたは連作のタイトルをつけるときに心がけていることや、なにかこだわりはありますか?もし特筆したいことがあれば教えてください(収録歌のなかから良さげなワードを持ってくる、のパターンが一番多いだろうとは思うので……)。

嗅ぐ前に一言花に断ればいっそうよい香りがするはずよ

 

仲井澪

2023.4.29
生活が大幅に変わって、もうすぐ1ヶ月が経ちます。毎日決まった時間に、決まったことをしなきゃいけない生活というのは、自分という起き上がり小法師を(自分という起き上がり小法師?)、うっかり起き上がれない方向や起き上がれない勢いで倒してしまわないように、いかに細かい揺れで抑え続けるかという戦いで、倒して、倒れてしまってからの戦いをすることと、どちらが辛いことなのかは測りかねますが、変な筋肉を使う日々です。
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佐倉さんが日記で引用されていた歌

過去にだれともであわないでよ
若いきすしないでよ
今 産まれてきてよ
/今橋愛

が心に留まっていて、先日、今橋愛さんの歌集『O脚の膝』(現代短歌クラシックス版)を購入しました。抽象的な表現ですが、私は1首のなかに”裂け目”が見える歌が好きで、特に、その裂け目の奥に主体の感情の渦を感じる歌が好きで、今橋さんの多行書きには、口調も相まってそういう効果があるよなあ、ということを思います。

27をかちりとすぎたら

僕はもう不平の数を少なくしないと。

手や足はしばられてない
今ここにいる。のにここに

どこにもいない

橋爪志保さんのこの歌とかも、同じような裂け目があって大好きです。

ヨドバシの前のみじかいエスカレーターかわいいな 忘れてしまう

また別の話ですが、現代詩の朗読をするときに、詩の途中の不自然なスペースや改行のところでちゃんと短い間を入れて朗読すると、テキストの意味内容も含めた裂け目を引き受けられる気がして、楽しくてすごく好きなんですよね。短歌は31文字1行書きだとひとつの字空けへの負荷がすごく高くなってしまうように思うけど、多行書きで細かい雪崩を作るのも面白い気がします。今橋愛さんの歌も朗読してみたいし、細かい雪崩のある短歌も作ってみたい。
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連作のタイトルについて、応答します。私は1首のなかの単語とかフレーズを引っ張ってくることはあんまりなくて(明確にメインの歌をつくることになるから難しい気がするので)、裏テーマみたいなものを含めて、全体の雰囲気を規定できるラッキーな場所、と思ってタイトルをつけていることが多い気がします。あとは、フェチい二字熟語を当てたい時期が長くて……「指針」(『Q短歌会』第4号)は、生々しさと鋭さがあるのが良いな、とか、「着信」(『Q短歌会』第5号)は着がなんとなくエロティックなのと、信じる、なのが良いな、とか、意味の上での良し悪し以前に使いたい単語のプールみたいなものから決めることが多かったです。色んな付け方してみたいですね……(^。^)

私たちのえたーなる・らぶは腐乱して冬に閉館した遊園地