霜柱標本室

佐倉誰と仲井澪の公開交換日記です。日記と短歌です。最低ひと月に一往復を目安に更新します。

2023.3.7〜2023.3.30(六往復め)

佐倉誰

2023.3.7
そのまま書いては芸がない。のだけれど、過剰に演出してもしらけてしまうし、正直すぎても引いてしまうし、当たり障りがなさすぎてもわざわざ読んでくださっている方になにもご提供できていない気がして申し訳ないし……などと、日記に関してぐるぐる考え込んでしまっていたのですが、あなたと交換日記を始めたての頃に「あまり気負いすぎても書けなくなるからほどほどに肩の力を抜いてやりましょう」という旨の話をしたことを思い出して、すこしガス抜きできました。日記の先輩の言葉はありがたいです。現実でよくないことばかり起きているのでなかなか生活の情報を差し出せないのですが……寝て起きたら右下の歯が痛くなっていて虫歯かもしれない、とか、それくらいしか。全然その人に興味がなかったとしても、見知らぬ他人が一日どんなことを考えながらどんなふうに過ごしていたのかを少し覗かせていただくだけで安らぐこころの部分があるので、自分も誰かにとってそんなふうになりたい……と思ったりします。
短歌の話です。昔はちっとも響かなかった作品の良さに時間が経って気付くこと、が今になってもたくさんあって、むしろ今私が良いなあと思う短歌のほとんどは短歌を始めたての頃には(信じられないことに)完全スルーしていたようなものばかりなので、これからももっとずっとこんな出会いが増えていくのだろうと100パーセント信じられるから、本当に嬉しくて楽しみでわくわくします。あなたの前回の日記の、

でも少なくとも、読まれることを覚悟した矜持があれば「どれくらい自身を賭けたり削ったりして短歌を書くか」ということに善し悪しはないと、今の私は(自分のためにも)思っています。
もし長い間離れたとしても、また作り始めれば眺めて、投げ返してくれる人が1人はいるだろうから、と思えるとき、短歌のコミュニティの、嘘でもはっきりと見える輪郭をありがたく思うのです。

の部分、とりわけありがたいです……短歌に限らず、特に文芸の創作活動全般は基本ひとりでするものですが、信頼できる別の価値観の他人の言葉や頑張りがものすごく支えになることは少なくないです。第三滑走路のYouTubeでも「一人でやり続けるのはしんどいから……」という話を#2あたりでしていて、あれだけしっかり連帯したグループでその話題が出ると説得力が違うなあ……などと思っていました。支え合って影響を与え合っているけれど、一人一人が自分の個性で戦っていて仲間に依存していないかんじが、見ていてめちゃくちゃかっこいいです。いいなあ。
それと、最近のことで言えばなにより、我妻俊樹第一歌集「カメラは光ることをやめて触った」の刊行情報が解禁されて大歓喜しました(ちょっと駄洒落っぽくなりました)。鍵のついてるツイッターアカウントでも大喜びを連投したのですが、本当に楽しみなのでここでもはしゃがせてください。
や っ た ーーーーーーー!!!!!!!!!✌️✌️✌️✌️✌️✌️✌️
今年の札幌は例年より雪解けが早くて嬉しいです。季節が大好き。季節のなかの私が大好き。一刻も早く卑屈な攻撃性を脱ぎ去って全部大丈夫になりたいです。

信じる。信じる。信じる。だけって芸がない、焦げた表紙がマシュマロみたい

 2023.3.10
今日は煙草の話をしますね。
私は元々喫煙者と言うほどでもなく、一緒にいる友人が吸っている時や喫煙席のある喫茶店でときどき吸うくらいで頻度としては半年に数回あるかないかだったのですが、ここ三日間は珍しく連日吸っています。長く期間が空く前の最後に吸ったのは去年の晩秋、平岡直子さんが「ジタン(フランスの煙草の銘柄)はとりわけいいにおいで煙もうすあおくてきれい」とツイートしておられて、煙がうすあおいなんてことがあるの?!!!♡と大興奮して久しぶりに煙草の箱を自分で買って吸ってみたのですが、思っていたより味が濃くて苦いし煙もありきたりに白いし(コンビニの白い明かりを頼りに見ているからかしら、と思って別の場所でも吸ってみたのですが、明るいところで見ても薄暗いところで見てもどこも青くなかった…)で本当にがっかりして、当時は一秒でも長く生きたい気分でしたし、「こんなもの吸ってもいいことがない」と一気に煙草全体の株まで下がりました。そこから喫煙者の友人に一人も会わなかったこともあり、もうこのまま一生吸わないんじゃないかしらとぼんやり思っていたのですが、3日前退勤直前に上司の方に厳しめに仕事の注意と人生への忠告をいただいて、はやく私の人生を取り戻さないと地に足つけないと他人に迷惑かけ続けてこのままではもろとも(もろともですよ)死ぬ………………とぐるぐる帰りながら3月8日の花屋でミモザを購入してその足で百貨店の喫煙スペースの順番待ちの列に並んで順番が来て入室して泣きながらコートのポケットに入れっぱなしだったジタンより軽めの煙草を2本立て続けに吸ったらこれがなんとまあおいしかったので、昨日も今日も吸っています。こんなだから地に足がつかないのよ。自分の信頼のなさについて毎日休みなく考えて、開示の先にある軽蔑への恐怖と新たな信頼の獲得のための地道な積み重ねとを天秤にかけて、服を着替えて髪を乾かして視線を下方に固定しながらも歩いて、この文章もぐしゃぐしゃと書かれている。平気になんてならないけど必ずなってみせますよ。
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写真は今日飲んだ喫茶店アイリッシュコーヒーです。思っていたよりもウイスキーの味が強くてからかったのだけど、底の方に粒の大きい砂糖がじゃりじゃり溜まっていて、飲みすすめるほど甘かったです。
それと、チョコレートとウイスキーが合うように、煙草の苦味はきのこの山と抜群に合います。ふと思いついて試してみたら大成功で、年単位で久しぶりに食べたきのこの山が大好きになりました。コンビニで食べきりサイズのきのこの山たけのこの里の袋をそれぞれ買って食べ比べてみたのですが(大人になってよかったと本気で思いました)、きのこの方がチョコレートの主張が強いので合います。あとプレッツェルの歯ごたえが個人的に好みでした。(この日記を読んでくださっているなかに愛煙家の方がいらっしゃいましたらぜひお試しください。)(完全に蛇足ですが、どちらの方がおいしいか、の対立に“戦争”という言葉を使って面白いことかのように煽りたてるのはつまらなくて全然好きじゃないです。)
私は死への恐怖心が依然強いのでなるだけ長く生きたいのですが、昔ほど「誰よりも長く生きたい」とまでは思い詰めなくなってきたので、身体に悪くてもほどほどに楽しめるならいいんじゃないかしらと思い至りました。また絶対吸わなくなる予感がありますし。

春霖に湿りっぱなしのパーフェクト・ゲームでピンは愛で吹き飛ぶ

 

仲井澪

2023.3.28
どどどどっと暖かくなってきましたね。昨日東京で住んでいた家を出たので、今週いっぱいは実家で過ごします。2月から3月の間は、今後数年間暮らすであろう場所が決まったり、運転免許を取ったり、大学を卒業したり、東京を出たり、色んなことが起こっています。が、なぜか今はあまり浮遊感がなく落ち着いていられている気がします。昔から、周りの人やことが焦っていると落ち着く性質があるので、ここまで周りを巻き込んではっきり目まぐるしいと、調子が良くなるのかもしれないです。
今日は赴任先への引越し準備で、持っていく本と置いていく本を分ける作業をしました。歌集は特に悩ましく、途中でめくったりしてかなり時間がかかったのですが、結局ほとんど持っていくことにしました。短歌をはじめてすぐの頃、歌集の好きな歌に細長い付箋を貼りまくっていたのですが、佐倉さんも書かれていた通り、結構ガラッと好みが変わるものなんだな〜と、付箋を見てはっきり分かりました。
それなりに引越しをする人生になりそうなので、できるだけ本は電子で買ってゆきたいと思って少しずつ実践しているのですが、歌集は電子で出るとしても遅れる場合が多いから見計らうのも難しいですね……。もちろん、装丁や紙の質感を感じられないというデメリットは大きいのですが、どこでも参照しやすいし、テキスト検索できることもあるし、寝る前ギリギリまで読めるし、結構いいなと思っています。もし読者の方の中に歌集を出されていたり、出す予定のある方がいらっしゃったら、電子版の販売もご検討いただきたく思います。
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本当に大学生活・東京での生活が終わったんだよな……としみじみしたり、結局ふわふわしたりします。心を染め直してくれる人とたくさん出会ったり、出会いなおしたりできたし、自暴自棄の行き先にも恵まれていました。それでも別れたり、微妙な感じになってしまったりした人のことを忘れることは全然なく、最近よく思い出すのは、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』に出てきたセリフです。

過去とか、未来とか、現在とか、どっかの誰かが勝手に決めたことで時間って過ぎていくものじゃなくて。場所っていうか、別のところにあるものだと思うんです。人間は、現在だけを生きてるんじゃない。そのときそのときを、人は懸命に生きていて。それは別に、過ぎ去ってしまったものなんかじゃなくて。あなたが笑っている彼女を見たことがあるなら、彼女は今も笑っているし、5歳のあなたと5歳の彼女は、今も手を繋いでいて。今からだって、いつだって気持ちを伝えることができる。
(小鳥遊大史/『大豆田とわ子と三人の元夫(脚本 : 坂元裕二)』)

説教臭さを感じないでもない(実際若干胡散臭い登場人物のセリフではあった)のですが、妙にありがたみを感じてよく覚えています。私がよく言う(のです)、生きてたら会える!の意味がひろがる。
というか、私の日記も結構説教くさい終わり方をしがちな気がしてひやひやしてます。前向きな生やそう見える言葉ばかり称揚される世界をかなり憎んでいるのに、自分は奥底にかなり前向きなエネルギーがあると自覚していて、うっとうしかったりありがたかったりします:;(∩´﹏`∩);: いま私が快く接せているすべてのひとは、私がつらい時もそうでない時も変わらず優しくて、私がたのしい時嬉しそうにしてくれるんだということ……:;(∩´﹏`∩);:

背負います。深夜料金のカラオケ館であなたがくれた天使の羽根を

2023.3.30

こども110番の家の裏庭に密輸の首長竜がいる
/佐倉誰「パルプ・フィクションを見なさい」『北大短歌 第九号』

好きな歌です。パルプ・フィクションを観ました。今日はじめて、地元の映画館で観ました。普段ゆったりじっとりした映画しか観ないので(集中力がなくて映画自体あまり観ないのですが)、いろんな人が出てきていっぱい殺す(>_<)もうやめて〜(>_<)と思いつつ、良い画が多くて心臓が浮いて、今までなかった興奮の回路を開かれた気がして面白かったです。
煙草もたくさん出てくる映画ですね。私も少しだけ煙草の話を書こうと思います。身近には吸っている人がほとんどいなかったので触れる機会がなかったのですが、先月のはじめ、22歳の誕生日の前日にはじめて葉巻を吸いました。21歳お疲れ様会!と思って行った、ラム酒専門のバーのカウンターで、隣のお客さんがお裾分けしてくれました。「理科の実験で火傷して以来マッチ無理なんです……」と甘ったれたことを言って火もつけてもらって、他のお客さんがその画にゲラゲラ笑ってて、なんか漫画みたいで恥ずかしかったけど良い体験でした。普通の煙草はどうなのか分からないですが、とにかく定期的に吸って「火を育てる」んだよ、と教えてもらって、なるほどこういう時間の流れ方を楽しむもの……と、かなり納得しました。味も嫌ではなかったし、これはハマるやつだ……と思いつつ、佐倉さんと違って私はやめられる気が全くしないので自分で買い始めるのは絶対やめよう、と、初体験と同時に決意しました。

火を見ればどれだけ待っても待たなくてよくなる日は来ないことが分かる

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4月になりますね。私は就職をして住む場所も変わるのでしばらく落ち着かない日々になりそうです。でもこんな室(室?)があったら、心を殺せるはずはないから、心強いです。この日記を、短歌を、書けなくなるくらい蝕んでくるものからは逃げます✌️