霜柱標本室

佐倉誰と仲井澪の公開交換日記です。日記と短歌です。最低ひと月に一往復を目安に更新します。

2022.11.22〜11.30(二往復め)

佐倉誰

2022.11.22

イヤホンをつけていると、嗅覚がにぶる気がしませんか。嗅覚だけでなく、同じ景色に同じ彩度でも、音楽を聴いているか否かで、全然別の景色のように感じます。私は世界が見えすぎているとこわいので去年までほぼ裸眼で生活していたのですが、日に日に視力が落ち、今では眼鏡がないと景色がぼんやりしすぎて気持ちが悪くなってしまいます。あまり視界を明細にしたくないのに……。だから、目から入る情報量に差はなくとも、音楽によって脳まで届く視覚情報がうっすら減る気がする、と気づけたのは自分にとって良いライフハックでした。でも、私は風のにおいをこの世で二番目くらいに愛しているから、鼻がにぶるのだけは勘弁してほしいです。風というより、空気のにおいが好きです。風は風で好き。朝昼夕方夜、雨雪晴れ、365日のグラデーションでくるくると移り変わる空気のにおいが大好きでそれはもう羨ましいです、私もこれくらい自由でいることを許されたならどんなにいいでしょう。人間のお天気屋さんなんて厄介がられるだけです。


今日、文房具屋でスノードームとクリスマスカードを見ました。それから、母と一緒に兄の誕生日プレゼントを探して服屋をまわり、うまくいかなくて、トイレットペーパーで鼻をかんだりベンチに横になったりしました。帰ってきてから、全身を濡らすのが面倒で、足だけシャワーと石けんで洗いました。お散歩のあとの犬の気分でした。ひどくくたびれていて眠たいけど、ここで書かなかったら今日のわたしには二度と戻れん、と気力で書いています。絶対に今日書かなくてはいけないことがあったわけではないのにね。言いたいことがたくさんあって、見せたいものもたくさんあって、なにもかも足りません。
 
「了解」の表題作を初出である同人誌「夜のでかい川」(平出奔さんと田中はるさんの共著)で読んだとき、すごいけど生々しい……と面食らった記憶があり、歌集単位で読むことにちょっとこわさのようなものがありました。でも、あなたの評を読んで、そのこわさを乗り越えてとても読みたくなりました。思わずその本を読みたくなる評は良い評です、言うまでもなく。
今朝、あなたの連作「着信」(Q短歌会機関誌第五号所収)を読みました。読んでいて、ここにはあなたがいるなあ、あなたに会えて嬉しい、とまず思いました。嬉しいとか、好きとか、そんな直接的な言葉ばかりで楽に伝えようとしてごめんなさい。作中主体=作者、みたいな短絡的な読みを直感的にしているというわけではないのですが、なにを美しいと感じるのか、あなたの感傷はどんな形容が似合うと信じられているのか、言葉遣いの節々から滲むそれらから、日記を交わす相手の知らない一面をまた見ることができたように感じました。もちろん剥き出しの人間に出会うばかりが短歌ではないので(絶対に)、すべて身勝手な勘違いかもしれませんが。やさしさ、や かわいさ、への穿ち方というか屈託に、とても共鳴しました。
 
今日あったことを話すね今日あったことを聞かせて盗み聞かれても
ドリンクバー注いでくるたび「何にした?」って聞き合うふたりとも生きている
書き終わらない手紙が私の指を歪めて示し始めるのは悪の道
/仲井澪「着信」
 
今朝はよく晴れていて、雨上がりの秋の道が綺麗でした。友達が作詞したかなしくてやさしい音楽を聴きながら歩いた、綺麗な朝でした。今日はこれにします。

けものにはなれないわたしが踏む落ち葉 雨後の道は天啓みたい でも

 

2022.11.24
今日のタイトルは「月蝕パイ」です。
兄の誕生日だったので仕事を終えたあと母と合流し、ケーキを買いに行きました。その道中寄ったイタリア料理店で食べたアップルパイの形状が、すごく変でした。
三日月状の大きなパイの中には何も入っておらず、月の欠けている部分にコンポートしたりんごとバニラアイスが添えられている、という斬新な構成でした。ざくざくと焼きたてのパイを切り分けて、まるく積み重なったりんごのスライスを一枚一枚剥がしてパイの上に載せて、溶けた自家製アイスに絡めて食べました。バターとりんごとシナモンとバニラのありきたりでいい香り。私は香りの良い食べ物が大好きです。
変な形だったので月蝕パイと勝手に名付けました。パイの表面に粉砂糖が振りかけられているし、ちょうど月面みたいなんじゃないかしら、と思います。多分そんなこともないです。写真を載せておきます。とても大きいんです。

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家ではお肉といくらとケーキを食べて兄を祝いました。いかにもなご馳走ですね。来年から兄は遠方での就職が決まっているので、家族で兄の誕生日を祝うのはこれが最後かもしれませんでした。私は肉親との距離感が難しいので、さみしいのかはまだよくわかりません。でも口に出して「おめでとう」と言って拍手できて、ちゃんと祝えたと思うので、良かったです。
昔作った短歌がちょうど今日にぴったりなので、引用します。

兄とは呼ばれなかった頃も兄にありケーキの金箔ちらちら揺れる

昨日の日記が書けなかったので昨日のことも。昨日はあなたとの交換日記の名前を決めることができて嬉しかったです。名前自体が素晴らしいのはもちろんですし、あなたのアイデアと私のアイデアと、ちょうど半々くらいの割合で考案することができて、理想的だったと思います。霜柱標本室。改めてよろしくお願いします。解けていく今日の私たちを、少しでもこの世に留めていきましょう。踏んづけてはだめです。踏んづけないように。
明日と明後日は立て続けに、大事な人たちにお会いします。いずれの方とも久しぶりで緊張しますが、今から楽しみです。嬉しいことに目を向けないと。ね。おやすみなさい。

居残りの母とわたしは切り分ける月の形のアップルパイを

 

仲井澪

2022.11.26
深夜3時半に書いています。昨日どうしても眠れなかったから、徹夜してお昼すぎにバイトに行きました。眠れない間、凪良ゆうさんの『流浪の月』という小説をKindleで読みはじめ、結局最後まで読み通してしまいました。最近ずっとリピートしている七尾旅人さんの『八月』という曲の、YouTubeにあがっているライブ映像についていた「そうだよ。でも、やっぱり、ひとりは怖いから」というコメントがどうしても気になり調べたところ、『流浪の月』の引用で、凪良さんがこの曲を聴きながら執筆されていたとのことで、それをきっかけに購入しました。周りから見れば、分かりやすく危険な物語に仕立てられてしまう文と更紗の関係の、当人たちにしかわからない切実さみたいなこと……私はそういう物語を諦めるように内面化して、切実さを勝手に手放して、良し悪しを決めるのは自分なんだから本当は無視すればよかった沢山の物語を、嬉々として自分の選択したもののように語りながら生きてしまっているから……そういうことを考えながら読みました(眠れないわけだ💢)。文が、疲れた更紗に「とんでもない量のガムシロップが入ったコーヒー」を飲ませて眠らせるシーンがあり、私は眠れないときいろんな睡眠法を試してきたけどその発想はなかった……と思って、バイト帰りにケーキを2つ(ショコラとサバラン)買って、食べて、17時頃に眠りました。
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「霜柱標本室」私も嬉しいです。外国のクリスマスみたいな空気のカフェでお茶をして嬉しかった帰りにLINEをしながら決まった、その帰り道のことを、ずっと覚えている気がします。こちらこそ、改めてよろしくお願いします。
空気のにおい、私は好きと言えるほど明瞭に感じたことがない気がして、そのことを羨ましいと思いました。さみしいから(?)家の中でも常に何か音を流しているし、外を歩くときはほとんどイヤホンをしているので、そのせいかも、ということにも気づきました。
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こうやって日記を書いていて、眠れなくて本を読み切ってしまったとか、「サバラン」とか「外国のクリスマスみたいな空気のカフェ」とか、素敵っぽいことが並んでいるのを後から読むと、後ろめたい気持ちになります。こういうことは、私が私のねちねちした生活に健康な外部性を取り込むためにやっていることだから、と、言わなきゃいけないという思い込み。書かなかったもののことを、私は私で愛しているから誰にも知られなくてもいいと、言える自信がまだありません。

こんな物語はいらないって降りる、いめっじの いまーじゅの階段

 

2022.11.30
夕方、友達行きつけのラーメン屋さんについて行って、油多め味濃いめの家系ラーメンと、にんにくとマヨネーズを大量にかけたご飯を食べたので、りんごジュースを飲みながら書いています。一昨日、初めて髪の毛をすべてブリーチしてオリーブ色に染めました。全然似合ってない気がするし、私には私が黒髪じゃなくなることを止める(それがきもい行為でも)誰かがいなくちゃいけないんじゃないの、と思うし、髪の毛の色が変わることなんてどうでもいい気がするし、思ったより明るくなっちゃったけどバイトとかどうしようかな〜、と思っています。
今日で11月が終わります。時間の区切りに過剰に意味を見出すのは苦手だけど、年末の空気は好きです。そういえば去年の大晦日は「年末つまんね」という回文を思いついてテンションが下がりました。卒論の締切が12/22にあって、全然終わる気がしません……それは私が、朝起きていたり、夜眠れなかったりするのに布団の中にいる時間が長すぎるとか、そのときやりたいこと以外やるのが難しいからで、でも結局なんとかなるのかな。なんとかなりました!って、日記に書けるようにしたいです。卒論が無事提出できたら、いっぱいお酒を飲んだり、かぎ針編みを練習したり、一人旅に行って旅行記を書いたり、来年からの暮らしのことを考えたり、また1日1枚写真を撮ったりしたいです。ぱ〜〜〜っとしたいです。

指先についた花粉が洗っても落ちない小学校 聞かないで